宮城県多賀城市市川字坂下

 

弘安10年(1287)の紀年がある多賀城市内で二番目に古い供養碑。碑文には、時宗の僧西阿弥陀仏が30余人の協力のもとにこの碑を建立したことが刻まれている。

伏石の由来は、昔、この石を起こして立てたところこの地に疫病が流行し、占ってみると、石を起こしたためであるというので、再びもとのように伏せた。それが今でもその状態に残っており「伏石」と言う名前で呼ばれている。

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