宮城県塩竃市一森山…塩竈神社境内

 

この日時計は、長崎の出島の商館長が作らせ商館の庭に設置したものを、仙台藩の林子平(はやししへい)が模写してつくったもののレプリカで、本物は塩竈神社博物館にある。

寛政4年(1792)、子平の学友である塩竃神社の神官藤塚知明が塩竈神社に奉献したもの。石盤上にはローマ数字を刻し、「紅毛製大東日書ナ」とある洋風の珍しい日時計。

林子平は江戸時代の思想家で、姉が仙台藩主の側室に上がった縁で仙台藩の禄を受ける。自由な立場であったために長崎や江戸に遊学し、ロシアの脅威を説き、『海国兵談』『三国通覧図説』などの著作を著す。

『海国兵談』が海防の必要性を説く軍事書であったため、老中松平定信の寛政の改革がはじまると、政治への口出しを嫌う幕府に危険人物として目を付けられ『三国通覧図説』も幕府から睨(にら)まれ、双方共に発禁処分を下された。

仙台へ強制的に帰郷させられた上に蟄居させられ、そのまま死去する。その心境を「親も無し、妻無し子無し版木無し、金も無けれど死にたくも無し」と嘆き、自ら六無斎(ろくむさい)と号した。

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