宮城県登米市東和町米川字町下

 

大慈寺は藤原秀衡により、三十三観音の十四番目の札所として創建されたと伝えられる。始めは天台宗であったが、その後荒廃し、永享元年(1429)、曹洞宗として中興された。数度の火災があったが、山門は消失せず、現在もその姿を見ることができる。

この寺には、国の重要無形民俗文化財に指定された「水かぶり」が伝わる。これは、12世紀後半に藤原秀衡が建立した際に雲水の行として始まったと伝えられている。

現在は火伏せの行事として、毎年2月の初午(はつうま)の日に、厄年を迎えた地区内の男性ら約30人が、わら装束を身に着け顔に墨を塗ってふん装し、男性らは「ホーッ、ホーッ」と甲高い奇声を発しながら、通りの家々に置かれたバケツの水を屋根に掛け、町内約1キロを南から北に走り抜ける。一団が通りかかると、町内の人々は争って装束のわらを引き抜く。わらを屋根に乗せると、防火や魔除けになるといわれている。

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