宮城県登米市東和町米谷字相川

 

登米には、民家の門前にサイカチの古木が多い。これらの古木は樹齢も約400年とほぼ同じ。

これは、この地を支配していた葛西氏が、十七代晴信の時、豊臣秀吉の小田原征伐に参陣しなかったため、領地を没収された。その後、新領主の木村吉清の暴政に抵抗して、葛西・大崎一揆が勃発したが、伊達政宗による一揆討伐が行われ、葛西氏は没落した。

葛西家の遺臣たちは、伊達による残党狩りの中、密かに「葛西勝つ」を合言葉に再興を誓い、その目印として門前に「サイカチ」の木を植えたと伝えられている。

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