宮城県登米市東和町米川字小山下

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華足寺は、征夷大将軍坂上田村麻呂が、大同2年(807)、敵味方の戦死者の霊魂を鎮撫する為に建立したと伝えられる。また馬頭観世音が祀られており、これは田村麻呂の愛馬「郷黒」を祀ったものと云う。これは動物燐憫の守護仏として、馬の霊場としては日本最古と伝えられている。

華足寺は、古くは30数ヶ寺の末寺を有したが、戦国時代の元亀元年(1570)正月には、戦禍により一山灰塵に帰し、その後も2度程火事にあい、現在の本堂は仙台藩八代藩主伊達斉村の寄進に依り、天明6年(1787)に再建されたもの。重厚にして壮厳な姿を今に残している。

 

・客殿

華足寺の客殿は、木造平屋建桁行8間、梁行5間、屋根は入母屋造りで、建築年代は不明であるが、山門や庫裏よりも古い年代のものと考えられ、江戸中期、18世紀初頭を降らない密教系の本格的客殿遺構である。平成4年(1992)に、宮城県有形文化財に指定されている。

 

・山門

華足寺の山門は、寛政11年(1799)、仙台藩九代藩主周宗の祈願によって作られ、200年近くの歳月を経ている。屋根は数回修理されたが、その他はもとのままの姿であり、棟の魔除けの龍は対になっている。又、右には増長天、左には多聞天の四天王二神を祀り、二階には十二支の守り本尊八神像を安置している。上層、下層とも瓦葺屋根であること、上層、下層の間口、奥行の差が大きいことなど通常の山門の印象とは異なる独特な意匠といえる。平成4年(1992)に宮城県有形文化財に指定されている。

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