宮城県登米市中田町石森字若林

 

このもみじの古木は、この地域では「ぬまこのもみじぬき」と呼ばれており、前九年、後三年の役の折、源頼義が安倍貞任、宗任追討のため出陣し、上沼八幡山に陣を構え、のち、源義家もまた八幡山に陣を構え賊徒を平らげた。その折に、この地を通った武将が、この台地で休んだとき、その武将の肩に付着していた楓の実が地上に落ちて芽を出したと伝えられている。以来スクスクと伸びて大木となり、地域の人々が神の木としてその根もとに塩釜宮、御崎宮の石神を建立して祀ったと云う。

この地域の子供達は、このもみじの木の付近を遊び場にし、木に登ったり、近くの沼で泳いだり、氷すべりをしたりと遊んでいたが、この木の近くでは不思議に怪我するものもなく、子供好きのもみじの木として親しまれている。

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