宮城県登米市中田町宝江新井田字館

 

別名:宝江館、千葉館

新井田城の築城時期、築城主について詳細は定かではないが、弘安6年(1283)、新田重綱がこの地を領したとあり、また正応2年(1289)、千葉掃部新井田を草創せりともある。

天正(1573~92)の頃は葛西氏の一族の新井田新右衛門が城主だったと考えられる。古文書には「天正の頃落城」の記載がある。この頃は葛西氏の重臣たちによる反乱が続き騒乱が絶えず、また天正18年(1590)には豊臣秀吉の奥州仕置軍が入り、以降葛西大崎一揆と続き、そのいずれで「落城」したのかは定かではない。

城跡は、赤城神社の南側にあり、現在は田畑になっているが、地形が良く残っており、二重三重の水堀の跡が残っている。永い歴史の面影を映す平城跡とし、大変貴重なものである。

仙台領古城書上によれば、東西50間、南北60間、で、鬼門に赤城神社が配されている。部落全体が城跡の中にあり、表構えと内構えがあり、付近には剣術指南所跡、鍛冶屋敷跡、古碑等幾多の遺跡が残る。

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