宮城県気仙沼市本吉町圃の沢…浄福寺

 

この浄福寺の墓地には、源義経に平泉から従った、佐藤継信・忠信兄弟の母で、藤原秀衡の妹の乙和御前の墓がある。

源義経が平泉に匿われ、それを口実にして源頼朝は平泉を攻めた。このとき、継信・忠信の父の佐藤庄司基治は、福島で鎌倉軍と戦い敗死した。

乙和御前は縁の地の馬籠に逃避し、夫と二子の供養のため名を養光尼と称し、津谷浄勝寺を開基した。

乙和御前の死後、その遺言に従い、家臣の青田五郎兵衛長吉は、正治元年(1199)、光明寺を開基、五輪塔を建立、木像を安置し、乙和御前の冥福を祈った。寺は後に浄福寺と名を改め、現在地に移ったと云う。

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