宮城県気仙沼市古町二丁目

 

補陀寺は現在曹洞宗であるが、古くは天台宗であった。平安末期に名取熊野神社を勧請したと伝えられる伝承上の人物名取老女が奥州を巡礼して創建した33箇所の観音堂の一つともいわれている。

意匠は唐様と和様の折衷様式。正面三間は桟唐戸(さんからど)になっている。平面は珍しい六角形で、一辺の長さ2.47m、屋根は六角錐体、赤瓦葺(元こけら葺)。周囲には高欄付きの廻り縁がある。

内外部朱塗で、天井は板張りの天井板を押さえる竿縁がない鏡天井で、龍の墨絵が描かれている。堂内の須弥壇上に入母屋造で、千鳥破風、軒唐破風をつけたこけら葺の家形厨子がある。宝暦12年(1762)製作、享和2年(1802)に修理したとの文書がある。気仙大工の作という。

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