宮城県気仙沼市松崎片浜

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煙雲館は、仙台藩伊達家御一家筆頭で家禄1000石を領した鮎貝氏歴代の居館。地元では御居館、または御館とも呼ばれている。

庭園は江戸時代初期寛文年間、仙台藩茶道頭の石州流二代目清水動閑の作庭と伝えられている。回遊式池泉庭園で、岩井崎と大島を借景とした気宇極めて広大であり、岩出山の有備館と並び県内を代表する庭園。

鮎貝氏の祖は、永久年間(1113~1117)、藤原氏一族の藤原安親が平泉の奥州藤原氏を頼って京都から下向し、荘官となり、山形の置賜地方を支配した。安親の子孫は伊達家に仕え、上座の格を以って鮎貝に築城し鮎貝氏を称するようになった。当時鮎貝は置賜地方では高畠、米沢に次いで城下町として繁栄していたという。鮎貝氏は国人的在地領主として勢力を保ってきた。天文の乱には伊達稙宗につき敗れたが、伊達晴宗に所領を安堵されている。

天正15年(1587)鮎貝宗信は最上義光に通じ、伊達氏に叛旗を翻し、政宗に攻められ滅ぼされた。北は最上、南は伊達の二つの大きな勢力の狭間にあり、伊達か最上かの二者択一の中で父子が分裂してしまったためだった。次男の宗益は政宗に召し抱えられ、鮎貝家を相続し、以後伊達氏の家臣として明治に及んでいる。

この煙雲館は、国文学者であり歌人の落合直文の生家でもある。

旅行くと 麻の小袋 とり見れば 去年のままなり 筆墨硯

さ夜中に ひとり目ざめて  つくづくと 歌おもふ時は われも神なり

血を吐きて うせにし友の おくつきに あかき躑躅の 花さきにけり

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