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宮城県色麻町一の関字東苗代

 

磯良(いそら)神社は、「おかっぱ様」とも呼ばれ、ここには、木彫りの河童が御神体として祭られている。神社の縁起書によると、創建は延暦 22 年(803年)、征夷大将軍の坂上田村麻呂の勧請によって建てられたと伝えている。

東右衛門という男が、坂上田村麻呂の水先案内を努めた。河童(かっぱ)のような泳ぎで、激流の川を泳ぎ、数々の功績を立てた。この功績により、東右衛門は坂上田村麻呂から、「川童(かわらべ)」の姓と土地を与えられた。この東右衛門の死後、河童明神の祠を建て祀ったとも云われている。以来この神社の宮司は、代々「川童」という姓を名のり、それは今も受け継がれている。

この地には、河童に関する次のような伝説も伝わる。

ある殿様の館に、夜な夜なカッパが現れ、厠に来るお姫様に悪さをした。そこでお姫様に扮装した若侍が、厠でカッパを待ち伏せして、あらわれたカッパの腕を切り落とした。カッパは「腕を返してくれたらお姫さまに、近よることはしない」と、その非を悔いて一心にたのむ。

カッパは、河童膏(かっぱこう)という膏薬を持っており、それを塗るとどんな傷でもたちどころにくっつくということであった。そこで若侍は、腕と河童膏を交換した。この河童膏のおかげで、若侍は、戦で傷を負ってもすぐに治り、大いに手柄を立てることができたという。

また、この河童膏は、好き合っている者どうしが河童膏を塗ると、めでたく結ばれるともいわれ、縁結びの薬でもあったと言う。ただし、これをみだりに用いると、ただちに河童の罰(ばち)があたるといわれている。

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