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宮城県色麻町王城寺字山下一番

 

熊野神社は、往生寺の西側に接した山上に祀られている。明治42年(1909)、王城寺原演習場拡張工事に伴い、現在地に移った。この神社にはその由緒として以下のような伝説が伝えられる。

天文年中(1532~55)、出羽最上の家臣の今野文五郎は、故あって家郷を後にし、妻とともに宮城郡国分に赴く途中、この地に差しかかり、道に迷い深山に迷い込んでしまった。日も暮れ疲労も加わり、山中で仮眠をとったが、目覚めてみると傍らにいたはずの妻の姿が見えない。夜明けを待ちかねて、空が白み始めるとすぐに山中を探し回ると、妻は洞窟内で無残な姿となっていた。

文五郎は、妻の仇を討たんと「賊出でよ」と叫ぶと、その声が洞窟中に振動し、しばらくすると洞窟中が震動し始め、一匹の怪物が飛んできて文五郎を飲み込もうとした。怪物は赤面で両目がらんらんと輝き文五郎をにらみつけた。文五郎は震え上がり、今まさに怪物の餌食になろうとするとき、忽然と1頭の熊が出現し、一撃のもとにこの怪物を打ち殺した。

文五郎は、紀州熊野権現を厚く信仰しており、守り札を肌身離さず身につけていたため、難を逃れたのはその霊験であろうということだった。以来この地に、熊野神社の神徳霊威を尊崇する人が次第に多くなり祠を建て神徳に報いたと伝えられている。

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