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宮城県色麻町四竃字町

震災前取材

 

色麻の歴史は古く、天平9年(737)には「色麻柵」が記録されている。奈良時代前期にはすでに軍事、交通の要衝として重要な役割を果たしていた。

「色麻」の地名の由来は、播磨国飾磨(しかま)で、播磨の射楯(いたて)神社を信仰していた一族が、色麻柵造営にともないこの地に移り住んだと考えられている。

伊達(いたて)神社は、延暦11年(792)坂上田村麻呂東征の折に勧請されたと云う。御山古墳の墳頂に立ち、境内には往古の石碑や古木が見られる。文禄2年(1593)、羽黒修験に改宗したが、藩政期に入ると仙台藩主代々の尊崇を受け、その庇護を受けたが、「伊達」の二字を憚り、香取神社塩竃神社と改められた。この塩竃は、色麻からきたものとも考えられている。

明治5年(1872)、その名称を伊達神社に戻し現在に至る。