岩手県盛岡市内丸

震災前取材

この石割桜のある地は、かつては盛岡藩の重臣の北家の屋敷跡であり、その当時、庭石の割れ目に桜の種が飛んできて芽を出し、成長とともに石の割れ目を押し広げていったものと伝えられる。

石は花崗岩で周囲が21.0m、桜はエドヒガンで、樹齢は350~400年と推定されている。現在、幹の周囲は4.6m、樹高11.0m、枝張りは東西に16.0m、南北に17.1mである。
昭和7年(1932)、この地の盛岡地方裁判所が火災に遭い、石割桜も北側の一部が焼けたが、幸いにも全焼を免れ、翌春には再び花を咲かせた。盛岡市の象徴的な桜でもあり、保護管理も良く、毎年見事に開花を続け、たくさんの人の目を楽しませている。大正12年(1923)に国の天然記念物に指定されている。