岩手県盛岡市新庄町…盛岡天満宮境内

2017/05/13取材

 

この盛岡天満宮の地は、青春時代を盛岡で過ごした石川啄木がしばしば訪れた地であることから、昭和8年(1933)、この地に歌碑が建てられた。

啄木歌碑は、渋民鶴塚と函館立待岬に次いで、全国で3番目に建てられたもので、啄木の直筆を拡大して自然石に刻んだもの。

病のごと 思郷のこころ湧く日なり 目にあおぞらの 煙かなしも

この歌は、歌集「一握の砂」「煙一」で、盛岡時代の回想の冒頭に据えられている歌で、都会の空に昇っている煙によって、郷愁の思いに駆られた心を詠んだ歌である。

また啄木は、境内の狛犬を、小説「葬列」に、「旧知己とは、相対してぬかづいている一双の狛犬である。(略)克く見ると実に親しむべき愛嬌のある顔だ。」と記していることから、この狛犬の左右の台座にも、啄木の歌が刻まれている。

本殿に向かって右側の口を開いている「亜形」には

夏木立 中の社の 石馬も 汗する日なり 君をゆめみむ

左側の「吽形」には

松の風 夜晝ひびきぬ 人訪はぬ 山の祠の 石馬の耳に

が刻まれている。

また境内の平安稲荷神社の鳥居付近の「子抱き狐」の台座にも

苑古き 木の間に立てる 石馬の 背をわが肩の 月の影かな

が刻まれている。

啄木は、明治19年(1886)2月に、現在の盛岡市玉山区日戸に、曹洞宗常光寺の住職、石川一禎と妻カツの長男として生まれた。本名は石川一。翌明治20年(1887)、父がこの地の宝徳寺住職になったことから、一家で渋民村へ移住した。

岩手県盛岡尋常中学校(現盛岡一高)に進み、のちに妻となる堀合節子や金田一京助らと知り合った。この頃『明星』を読んで与謝野晶子らの短歌に傾倒、また上級生の野村胡堂らの影響を受け、文学への志を抱いた。盛岡尋常中学校を中退し上京、作歌をしながら出版社への就職を試みるがうまく行かず、結核の発病もあり、明治36年(1903)父に迎えられて故郷に帰った。その後も作歌を続け、啄木名で『明星』に長詩「愁調」を掲載、歌壇で注目される。

明治37年(1904)、青森、小樽を旅行し、その後再び上京し、翌明治38年(1905)詩集『あこがれ』を出版し、かねてから恋愛中だった堀合節子と結婚した。盛岡で父母、妹光子との同居で新婚生活を送ることになったが、父一禎は金銭トラブルで住職の座を失い、一家の扶養は19歳の啄木が負うようになる。

明治39年(1906)、妻と母を連れて渋民村に戻り、渋民尋常高等小学校に代用教員として勤務、長女京子も生まれ、生活は窮乏していたがしばし落ち着いた生活が続いた。しかし、明治40年(1907)、新生活を北海道で開こうと教職を離れ、単身函館にわたった。北海道では臨時雇いや代用教員などをしながら、函館、札幌、小樽、釧路などを転々とし、結局は東京での創作活動へのあこがれが募り上京した。東京には、与謝野鉄幹など、啄木の才能を認める者も多かったが、生活は逼迫し、その生活の中で、後に広く知れ渡る歌が作られていった。

東海の 小島の磯の 白砂に われ泣きぬれて 蟹とたはむる
たはむれに 母を背負ひて そのあまり 軽きに泣きて  三歩あゆまず

東京では、親友の金田一京助がさまざまな支援を行なっていたが、浅草に通い娼妓と遊ぶなど遊興三昧の生活を送り貧困生活は続いた。妻子、父母が上京し家族とともに東京で暮らしたが、家族にとってその暮らしは決して幸福なものではなかったようだ。

明治43年(1910)、第一歌集『一握の砂』を出版する。

ふるさとの 山に向ひて 言ふことなし ふるさとの山は ありがたきかな
石をもて 追はるがごとく ふるさとを 出でしかなしみ 消ゆる時なし
はたらけど はたらけど猶 わが生活 楽にならざり ぢつと手を見る
いのちなき 砂のかなしさよ さらさらと 握れば指の あひだより落つ
ふるさとの 訛なつかし 停車場の 人ごみの中に そを聴きにゆく

この間啄木は大逆事件を調べていく中で社会主義に傾倒していく。しかしこの時啄木の体は肺結核が進行し、妻も結核を患い療養の為に去り、父は家出、母も明治45年(1912)に没し、自身も同年4月13日に肺結核により死去した。享年26歳だった。

啄木は、徴兵の身体検査にも通らなかったように虚弱であり、性格も自堕落だったように思われる。しかしながら恐らくは性格の弱さからのものだろうその優しさは、人を強く惹きつけるものがあったのだろう。

友人の土岐哀果は、死の数日前に、啄木の第二歌集『悲しき玩具』を出版することを伝え、啄木の死後も啄木を世に出すことに尽力した。また妻や家出をした父親や、友人の若山牧水らに看取られ逝ったことは、啄木の最後のささやかな幸せだったかもしれない。

呼吸すれば 胸の中にて 鳴る音あり 凩よりも さびしきその音
眼閉づれど 心にうかぶ 何もなし さびしくもまた 眼をあけるかな
新しき 明日の来るを 信ずといふ 自分の言葉に 嘘はなけれど

 

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