岩手県盛岡市本宮字熊堂

震災前取材

この武家屋敷は、平民宰相と呼ばれた原敬(はらたかし)の生家である。

原敬は、立憲政友会第三代総裁で第十九代内閣総理大臣となり、「平民宰相」と呼ばれた。安 政3年(1856)、この家で生まれ、明治14年(1881)、15歳で上京するまでの少年期を過ごした。

原家第七代当主の盛岡藩家老原直記芳隆が、嘉永3年(1850)に大改築を行ったもので、当時は200坪の邸宅で、藩主を迎えるための「御成座敷」もあった。現在は、居間、次の間、隅の間、女中部屋など、当時の5分の1が残っている。