福島県石川町猫啼

2011/09/05取材

  • 和泉式部人形(井筒屋展示)
 

平安中期の女流歌人「和泉式部」は、この石川の地の曲木に生まれ、玉世姫と名づけられた。

玉世姫は美しい乙女となり、この地にこんこんと湧く清水のほとりによく来ては、水鏡で顔を洗い、髪を梳っていた。このとき、姫が櫛を置くことを常とした石は「櫛上げの石」と称し、今も温泉内に残っている。

姫の才とその美しさは遠近に聞こえ、13歳の時に京へ上ることになった。姫は「そめ」という名の猫を可愛がっていたが、京へ連れて行くわけにもいかず、猫はこの地に残された。

残された姫の愛猫は悲しみのためか病み衰え、姫を慕い、日毎この泉に来ては啼いていた。猫は泉の水を飲み、浴びているうちに、次第に病いは癒えて、美しい猫に戻った。

猫を憐れんで見守っていた里人達は、泉が諸病に効顕がある霊泉であることを知り、それからは泉水を汲み入浴し、この里に湯治場を設け、この地を猫啼と呼ぶようになったと云う。

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