福島県会津若松市七日町

 

この七日町通りは、大町の四つ角を起点とする会津五街道のうち、越後街道、米沢街道の両街道が通っており、付近には木戸が設けられていた。

越後から会津に入る海産物は、越後街道を通って、この渋川問屋に着き、ここから会津一円へと運ばれ、渋川問屋は物流の基地であった。当時の海産物は、塩物や乾物が主で、「棒たら煮」「ニシンの山椒漬け」などの郷土料理を生んだ。

現在の建物は明治期に建てられたもので、外観は往時のままである。

また、この渋川問屋は、二・二六事件で処刑された渋川善助の生家でもある。

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