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福島県郡山市田村町山中字本郷

震災前取材

 

坂上田村麻呂が東夷征伐の際に鎮守山泰平寺を建立し、本尊として大元師明王像を安置。これが田村神社の始まりと伝えられる。

元禄2年(1689)4月、須賀川を発った松尾芭蕉は、乙字の滝を経由してここ田村神社を参拝している。江戸時代には神仏混合で、大元師明王といい、芭蕉らは主々の社宝を見ている。

田村神社には、現在も多くの重要文化財が保存されており、松尾芭蕉も立ち寄り、曾良日記には次のように記されている。

「先大元明王ヘ参詣。裏門ヨリ本実坊へ寄、善法寺へ案内シテ本実坊同道ニテ行。村雪哥仙絵、讃宗鑑エ由、見物。……探幽ガ大元明王ヲ拝ム。」

本殿内部は、内陣、外陣を備える仏閣建築が見られ、神社山門は仁王門の要素の門と、神楽殿として利用している長床の2門がある。その他境内には脇殿、一間社の熊野社が建立されている。

明治時代の廃仏稀釈の際に田村神社と改称され現在にいたる。