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福島県郡山市熱海町熱海四丁目

震災前取材

 

湯泉神社は、郡山市の磐梯熱海温泉にある神社で、以前は、「湯泉権現」と呼ばれていた。磐梯熱海の開湯は、800年前の鎌倉時代であると伝えられる。源頼朝の平泉征伐の際に、伊豆の伊東祐長は、その戦功によりこの地を与えられ、その伊豆の熱海にちなんで「熱海」と呼ばれるようになった。

境内には温泉碑があり、元文3年(1738)、この地を治めていた代官吉田弥右衛門が河原石を積み風呂を作り、この地の発展につくしたことを顕彰し、文政2年(1819)、二本松藩城代成田頼直が建立したものと云う。

この温泉の効能を伝える次のような伝説がこの地に残っている。

南北朝時代の建武年間(1334~38)、京の公卿の娘で萩姫という美しい姫が不治の病にかかり苦しんでいた。ある夜、不動明王が夢枕にたち、「都のはるか東北の方、数えて五百本目の川岸に霊泉あり。それに浸かれば全快する」と姫に伝えた。姫はさっそく侍女の雪枝を伴い都を旅立ち、幾多の困難の末、ついに五百本目の川にたどりついた。

萩姫はこの地に2年ほど滞在し、ここに湧き出るお湯で難病も全快し、この湯に深く感謝をして京へ戻ったと云う。以降、磐梯熱海温泉は美人をつくる名湯として名を広め、温泉街を流れる川は、五百川と呼ばれるようになったと云う。