福島県会津若松市本町

 

葦名氏七代の葦名直盛は、始めて会津へ入り、飯寺幕の内で3年の間過ごした。弘和2年(1382)、この地に小さな館を築き移り住み、その東端に稲荷社を祀り、本格的な東黒川館(後の黒川城)の築城を始めた。そのため、この地の館は、小館、あるいは西黒川館と呼ばれた。2年後、東黒川館がほぼ完成し、直盛はこの地を融通寺に与え移った。

その後、融通寺は移転し、この地には城安寺が興ったがその後廃寺となった。稲荷社はそのまま残り、今も地域の方々の崇敬を集めている。

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