福島県会津若松市花春町…御薬園内

 

至徳元年(1384)、葦名氏第七代、葦名直盛は、現在の鶴ヶ城の地に、東黒川館を築き、これを鶴ヶ城または黒川城と称していた。この時期、現在の御薬園の地は、鶴が舞う大田谷地という湿地が広がり、その一画に清水が湧いていた。

この近くに一軒の農家があり、そこに喜助という者が住んでいたが、病気がちで難儀していた。ある時、この地に朝日保方という白髪の老人がやって来て、鶴が舞い降り集うこの霊泉を発見した。老人はその水を汲み、喜助に飲ませ親切に介抱した。やがて喜助は病が嘘のように治り、老人はそれを見届けるようにしてこの世を去った。

喜助は、命の恩人の保方老人を霊泉のかたわらに手厚く葬り、祠をたてて朝日神社として祀った。その後この霊泉は鶴ヶ清水と呼ばれるようになったと伝えられる。

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