戻る

青森県鯵ヶ沢町赤石

 

この追分碑は、安政2年(1855)に建てられたもので、大間越通りと赤石沢目通りの分岐点に立っている。

大間越通りは、西浜街道と呼ばれ、弘前と鯵ヶ沢、深浦を結び秋田領へ通じる重要街道だった。また赤石沢目通りは、赤石を通り津軽藩の聖地とも言える種里に通じる、津軽藩にとっては重要な道だった。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です