青森県弘前市西茂森

2013/08/20取材

 
禅林街は、最奥の長勝寺まで続く並木道沿いに、曹洞宗三十三ヶ寺が林のように建っている。全国的にも同じ宗派の寺院が、これだけまとまって建っている場所は稀である。

津軽弘前藩二代藩主津軽信枚は、弘前に新城を築城し城下町を整備した。その際に、(1610)、父祖の地の鯵ヶ沢種里から、歴代津軽家の菩提寺の長勝寺をこの地に移し、さらに当時領内で主になっていた曹洞宗の寺院をこの地に集めた。これは、信枚が、宗教文化の統一を図ろうとしていたことが背景にあるとされる。

また、この地は、弘前城から見ると裏鬼門に当りその守りの意味があったようで、さらには元和元年(1615)には、禅林街の出入口部分に枡形と土塁が設けられたことは、禅林街全体が弘前城の出城や郭のような軍事的な存在として位置づけられたと考えられる。

昭和27年()、禅林街は「津軽氏城跡弘前城跡長勝寺構」としてに国指定史跡に指定された。

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