青森県階上町道仏字道仏3

2016/09/26取材

 

別名:蝦夷館

西から延びる段丘の先端部を堀で区切り、南を流れる道仏川を堀代わりにした山城である。

館の形態は隅丸方形の単郭式で、東西約97m、南北約120mである。西側が高く、郭跡には現在館神社がある。

大手口は、現在鳥居のある東北端にあり、堀底道になっておりこの館の守りの要のようだ。周囲には幅13mほどの二重、三重の空堀がまわされている。

築城時期や築城主ともに不明だが、天正19年(1591)の九戸の乱の際には、赤松民部吉時が館主だったと伝えられる。

一説によれば、赤松民部の妻は九戸政実の妹だったが、乱の際には南部信直方となった。これに激怒した九戸政実は、自らが道仏館を攻め落とし、赤松民部は討ち死にした。

赤松民部の長男は、その後西光寺の住職となり、二男は舘神社の神官となったと云う。

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