青森県外ヶ浜町平館田の沢


平館台場は、寛政年間(1789~1801)、近海に異国船が出没するようになり、弘化4年(1847)には平舘に異国船が現れ、外国人8人が上陸したことを受け、嘉永元年(1848)、幕命により津軽藩が外ヶ浜海防施策として築いた西洋式砲台場である。

台場は海に沿い高さ約2.3m土台を積み上げ、横約18m、縦約90mほどの長方形状で、大砲を据えたと考えられる窪地が7ヶ所あり、前面は所々を切断して砲門としている。2ヶ所に入り口があり、台上一帯には松を植え、中央は低く海上から見透かされぬ用意がなされている。ほぼ原型のまま保存されているのは、全国的にまれである

嘉永5年(1853)、吉田松陰は宮部鼎蔵らとともに東北旅行を行い津軽半島を訪れた。松蔭らは、2月の北風の中を、難渋しながら十三湊から小泊へ、そして三厩に抜けて、松前街道をこの平館に抜けたようだ。当時、蝦夷地との間3里ほどしかない津軽海峡を、外国船が頻繁に往来しており、津軽半島の海岸防備の状況を見て周ったようだ。

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