青森県外ヶ浜町平館元宇田

 
巌屋観音は、正保4年(1647)に岩窟に観音堂を建立し「厳屋観音」と称しまたとされるが詳細は定かではない。貞享3年(1689)のこの地の代官所の記録によれば、天然の岩洞に小さな祠が建てられ、観世音菩薩が安置されていることが記されている。また天明年間(1781~89)には、この巌屋観音が津軽三十三観音の二十一番札所として広く知られていた。この地は松前街道の難所で、古くは参拝のための道は無く、船で参拝していたと云う。

しかし、本覚寺五世貞伝上人の代には荒廃しており、上人により本尊を本覚寺に移され、明治時代初頭には、神仏分離令でこの地の観音堂は廃された。その後、廃仏毀釈運動が弱まった明治20年代(1887~96)に、この地より4kmほど西の袰月の海雲洞釈迦堂に本覚寺にあった聖観音像が移され祀られた。

明治30年代(1897~1906)には、この巌屋観音堂がこの地に再建され、津軽三十三観音霊場二十一番札所として復し、観音像が祀られている海雲洞釈迦堂とともに、二十一番札所が2ヶ所となった。

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