青森県平内町福館字福館

2014/08/23取材

 

平内地方は、かつては三戸南部氏領で、戦国末期には南部氏一族の七戸隼人宗慶が、この福館城と小湊館を築き、一帯を支配していたと思われる。

しかし、津軽統一を目指す大浦為信は、浪岡城の北畠氏を討ち、外ヶ浜にまで進出していた。しかし南部氏は九戸氏との内紛を抱えており、有効な手を打てないでいた。

天正14年(1586)、為信はついに平内攻撃を始め、為信の計略もあり、七戸氏は津軽方に降るしかなかった。七戸宗慶は福館城を安堵され、七戸氏は宗慶の子の尚昌が継ぎ、津軽藩士として続いていく。

このときの為信の計略がどのようなものかは分からないが、恐らくは七戸氏と南部氏の離間の策と思われ、南部氏の七戸氏の家系に関する記録には混乱があるようだ。

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