青森県外ヶ浜町三厩算用師右平野

寛文7年(1667)、円空がこの地を訪れたとき、海岸の奇岩の上に光るものを見た。

かつて源義経主従がこの地に至り、蝦夷地に渡ろうとしたが、荒れ狂う波風に阻まれてしまった。義経は荒れ狂う津軽海峡を前に、観音像を岩上に祀り3日3晩の祈願をし、竜馬を与えられ渡海できたと伝えられる。円空の見た光はそのときの観音像だった。円空はこのいわれを霊夢で知り、流木で仏像を刻み、その中に観音像を納め、小さな堂を建てて祀った。現在の義経寺は、その観音堂から始まったとされる。

津軽海峡を見下ろす山の中腹に建つ義経寺は、本堂、観音堂、弁天堂があり、境内には北前船などがもたらした、お守りや重石としていた石の観音像が33体安置されている。

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