青森県外ヶ浜町三厩龍浜

    太宰治は、明治42年(1909)、青森県金木に生まれた。大正14年(1925)17歳の時に、青森県立青森中学校3年在学時に、校友会誌に最初の創作である「最後の太閤」を発表した。

    その後、昭和23年(1948)「人間失格」「グッドバイ」の発表までの短い創作活動の中で、深く魂をゆさぶる作品を発表し続けた。

    太宰は学生時代からカフェの女給と自殺未遂事件を起こし逮捕されるなどしたため、金木の実家からは勘当され、津軽とは疎遠になっていた。しかし、母の死を機に勘当が許され、太宰は戦況悪化に伴い妻子を連れて金木に疎開した。

    太宰はその間、この竜飛の地を訪れ取材し、小説「津軽」を著している。
    ここは、本州の袋小路だ。読者も銘肌せよ。諸君が北に向って歩いてゐる時、その路をどこまでも、さかのぼり行けば、必ずこの外ヶ濱街道に到り、路がいよいよ狭くなり、さらにさかのぼれば、すぽりとこの鶏小屋に似た不思議な世界に落ち込み、そこに於いて諸君の路は全く盡きるのである。
    太宰は、その生涯で幾度か自殺未遂事件を起こしているが、結局、昭和23年(1948)、朝日新聞に連載中だったユーモア小説「グッド・バイ」を未完の遺作として愛人と一緒に自殺し、この世に別れを告げた。満38歳だった。

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