青森県三戸町字川守田(龍川寺山門)

この龍川寺山門は、三戸城の表門の1つだったと伝えられている。

三戸城は、南部氏宗家の本拠地として、南部氏の祖南部三郎光行から数えて二十四代目にあたる南部晴政が築城した。慶長3年(1598)盛岡城を築城し、南部藩三代藩主南部重直のときに完成した。重直は、本格的に盛岡に本拠を移し、その際に山門としてこの地に移築された。

形式は薬医門、切妻、銅板葺きで、数少ない三戸城の遺構の1つである。門柱のみが拝領されたと伝えられるが、全体の形式はさほど変わってはいないものと思われる。素材はケヤキ材が用いられ、扉には八双金具、乳金具が備えられている。

また、龍川寺には、この他に寺宝として、南部重直が寄進した松風の釜、三戸城御殿襖などが伝えられている。

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