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青森県大間町字大間

 

大間稲荷神社の創建は、享保15年(1730)、能登屋市左衛門が勧請したのが始まりと伝えられている。以来、百々滝稲荷大明神として信仰され明治6年(1873)に天妃媽祖大権現、金毘羅大権現を合祀し、明治16年(1883)に現在地に遷座した。例祭である御輿渡御は寛政9年(1797)から行われており、当時は荘厳を極めたと伝えられている。

この地に合祀されている天妃の神は、大漁祈願祭には「天妃様行列」が行われるなど、今もこの地域の信仰を集めている。

天妃の神は、航海、漁業の守護神として、中国沿海部を中心に信仰を集める道教の女神で、特に台湾、福建省、潮州で強い信仰を集め、日本でもオトタチバナヒメ信仰と混淆しつつ広まった。江戸時代前期に天妃神の像が、水戸藩二代藩主徳川光圀の知遇を得た清の東皐心越により伝えられたとされる。

この大間には、元禄9年(1697)、後にこの地の名主となった伊藤五左衛門が、海上での危難を助けられた神徳を崇め水戸領那珂湊より遷座したもので、船魂神として氏子の崇敬を集めて来たものである。

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