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青森県むつ市大畑町

2012/07/11取材

延宝2年 (1674)、大畑村の住人の坪長右衛門が勧請したのが始まりとされる。江戸時代までは 「黒森山日曜大権現」 と呼ばれていたが、明治の神仏分離令により、玉垂神社 と改められた。

寛文9年(1669)2月、長右衛門が木野部の大沢で材木を切り出していたが、その年は雪の降るのが遅れ、いつもなら雪を滑らせて切り出すのがこの年は出来ずに困っていた。そこで山神に「どうか雪を降らせて下さい。願いを聞いて頂ければ、社を建ててお祀りします」と祈願したところ、翌日から雪が降り、材木を無事運び出すことができた。

その後、長右衛門は山神とのその約束をすっかり忘れていたところ、ある日突然息が絶えてしまった。家族が葬式の用意をしていたところ、長右衛門は突然息をふき返した。長右衛門によると、山神が枕元にあらわれ、「前に私と約束したことを果たせば命を延ばしてやる。約束を守るか」と話しかけられた。長右衛門は忘れていたことを謝り約束をしたところで息を吹き返したと云う。

その後、この神社は長寿と延命の神として、また漁師の船酔いにご利益があると信仰されている。