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青森県青森市浪岡大字高屋敷字野尻


この遺跡は、11世紀の環壕集落遺跡で、南北約500m、東西約90mgが遺跡として指定されている。

遺跡の中心部には、南北約110m、東西約80mにわたり、幅6~8m、深さ最大約4mの空壕と土塁とに囲まれた集落がある。

丘陵地では、以前から人が住んでいたようだ、この高屋敷館遺跡には10世紀ごろから12世紀の平安時代後期に人々が住み、11世紀に最も栄えたとみられる。

集落西側の土塁が途切れた部分から壕をわたり、木柱の門をぬけると、たくさんの建物や、建物をつなぐ通路、柵列がつくられ、鉄に係わる生産活動などが行われていたと考えられている。

時代的には、前九年の役や後三年の役が戦われた時代で、その後の平泉藤原氏の津軽地方への勢力拡大などに対する、蝦夷の警戒感をあらわすものかもしれない。

平泉藤原氏が滅亡し、中世に入り、津軽も武家の支配に組み込まれて行く中、この集落も途絶えたようだ。

その後、壕は完全に埋められ、近年まで果樹園などとして利用されていた。

平成6年(1994)から翌年にわたり、国道7号線浪岡バイパス建設工事の事前調査により、大規模な壕と土塁とに囲まれた環壕集落遺跡であることがわかり、バイパス計画路線を一部変更し、平成13年(2001)、国指定史跡に指定された。

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