秋田県大館市釈迦内字釈迦内

2013/08/19取材

 

実相寺には、北条時頼の愛妾の唐糸御前に関わる話が伝えられている。

鎌倉幕府の執権、最明寺入道時頼は、引退後東北行脚の旅に出た。その留守中に愛妾の唐糸御前は、周囲の者の嫉妬で、小舟に乗せられ流され、津軽の外ヶ浜に漂着し、藤崎で土地の者に養われていた。

そこへ偶然、旅の途中の時頼がやって来た。唐糸は自分の落ちぶれた身を恥じて、近くの鳥沼に身を投げて死んでしまった。

時頼はこれを憐み、ねんごろに弔い、遺髪を笈に納めて旅を続けた。ある川を渡ろうとした時、一陣の風が吹き、遺髪がその川に落ちてしまったが、そのまま川を漂い流れていかなかった。

時頼はそのことに不思議を覚え、釈迦像を造りその地に祀った。それが釈迦内の釈迦堂で、その川は乱川で、時頼が唐糸御前をいとおしんで「いと恋し」と言った場所が「板子石」であるという。

その後、津軽の藤崎の者たちが釈迦像を持ち去ろうとしたが、矢立峠を越えようとした時にわかに重くなって運べなくなった。そこへ追いかけて来た釈迦内の者たちが追いつき釈迦像を取り返し、また元の釈迦堂に納められたと伝える。

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