八峰町八森字本館

2013/06/08取材

 

白瀑(しらたき)神社は、仁寿3年(853)、慈覚大師巡歴のおり「世に比類なき霊地なり」として、自ら刻んだとされる不動尊像を滝の北方岩上に安置祈願したのが創建と伝えられる。

中世には修験道の霊場となり歴代領主の尊崇を受けていた。秋田久保田藩佐竹氏の崇敬も受けて、社領を寄進されている。

貞享5年(1688)には、佐竹氏は青銅三尺の不動尊を寄進した。この不動尊像は、堺の浦を出港した十隻余りの船が、みな風にさらされ、波にもまれて、所々の湊に避難した。しかしこの不動尊像を載せた船だけは、日数13日で能代の浜に着いた。人々は驚き、尊像を載せていたからだと感嘆しあった。それ以降この不動尊像は『波切り不動』とあがめるようになったと云う。

江戸時代は、神仏習合のため「不動社」と称されていたが、明治の廃仏毀釈令により「白瀑神社」と改め郷社に列せられた。

滝の高さは約17mあり、毎年8月の例大祭に行われる「みこしの滝浴び」は、白装束の男衆がみこしを担いだまま滝つぼをうねりながら回る様はまさに勇壮そのものである。

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