秋田県秋田市牛島東1丁目

2016/07/27取材

 

この地は羽州街道の秋田城下の南外れに当たり、この橋の袂には茶店があったという。

江戸時代に、秋田久保田藩主が参勤交代の際には、この地の茶店でお茶を飲みかわし、送る人、送られる人が別れを惜しんだことから、お茶屋橋と呼ばれるようになった。

また秋田藩士が江戸へ向かう時には、この地で裃を脱いで旅装を整え、江戸から来て久保田に入る時は、ここで裃に着替えて正装しお城に向かったという。

そのとき、三皇熊野神社に参詣し江戸までの旅の安全を祈願し、帰ったときには江戸からの疫病などを久保田に持ち込まないようお祓らいをしたと伝えられる。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です