秋田県秋田市下浜羽川字寺ノ下

2016/07/26取材

 

珠林寺の創建は、明徳年間(1390~94)と言われ、加賀の大乗寺の末寺である。当時、この羽川周辺は由利十二頭の1人羽川氏の支配下にあり、珠林寺は羽川氏の菩提寺として創建された。

羽川氏はその祖を越後新田氏の支族里見氏流と称した。由利十二頭は周辺を安東氏、戸沢氏、小野寺氏などの大勢力に囲まれ、その時代状況に応じて一揆を組み勢力を維持していた。

羽川義植は、秋田、矢島、戸沢、仙北といった他領に攻め入っては一般の住民や旅人から財を奪い勢力を拡大した盗賊武将として名高い。しかし独自の倫理観はあったようで、小野寺氏の所領を襲った際には小野寺氏を「悪賊」として、小野寺領の神宮寺八幡宮に「悪賊州県を討つ」との願文を奉納し、小野寺義道を激怒させている。

安東氏の内紛である湊合戦の際には、義稙は安東実季につき、豊島重氏を討ち豊島城主となった。しかしその後、赤尾津九郎の計略により戸沢氏領大曲の攻略に失敗、赤尾津氏に居城を落とされ滅亡した。

珠林寺は幾度か移築や火災を経て、現在の建物は慶應3年(1867)に再建されたもので、江戸時代には亀田領三十三観音霊場の札所の1つだった。

朱色の山門は2間8脚の鐘楼門で、境内裏には金毘羅堂があり、背後の山には西国三十三観音が置かれている。またこの珠林寺には、いつの頃からかクリスマスローズが植えられ、クリスマスローズの里と呼ばれ、その時期にはゆく者の目を楽しませている。

 

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