秋田県男鹿市北浦真山字白根坂台

震災前取材

 

現在、真山の参道の入口にあるこの堂は、もとは真山の光飯寺金剛童子堂だったもので、明治の神仏分離の際に現在地に遷された。

三間四面の堂内には、四面の壁から天井まで、約一万三千躰の杉の木彫りの小地蔵が、一定の方式によって整然と並べられている。江戸時代中期に、僧普明が弟子の供養にと一人で彫ったと伝えられる。昔は、子供が病にかかると親はこの地蔵を拝んだといわれる。

また、御堂正面の柱や扉に巻きつけられている蓑は「ナマハゲ」のものだと云う。

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