佐沼の銘菓「麦〇」…菓子舗きぜん

宮城県迫町佐沼字小金丁1-8 0220-22-2343

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かつて仙台藩の代官所が置かれていた迫町佐沼の地は、古くからこの地域の中心的な地として栄えていた。「きぜん」さんは、この地でヨロズ屋として創業したが、太平洋戦争後、日本の食糧事情が落ち着くと菓子を扱うようになっていった。

菓子の種類は和菓子、洋菓子と様々に変遷していったが、次第に和菓子の伝統に、洋菓子の良さを加え、この地域の銘菓を作り上げ、現在の形になっていったようだ。

御主人に、和菓子屋さんか洋菓子屋さんなのかを尋ねると、「どうなんでしょうかねー」と戸惑ったように答えられたが、それでも日本の四季の美しさを表現する「生菓子」を今でも少量ではあるが作っている。それを見ながら、「ケーキを置いてはいないので、やはり和菓子屋ですかね。」と答えた。その菓匠キゼンさんが試行錯誤の末に作ったのが「麦〇」と「兵糧山」だ。

「麦〇」は、和菓子の伝統を色濃く残した餅菓子で、月見団子状に可愛らしく丸められた柔らかい餅の中に、白みそ餡と黒ゴマ餡の二種類の餡を閉じ込め、外側にこうせん(麦こがし)をまぶしてある。こうせんの香りの中で麦〇をかむと、中の餡の上品な甘さが口の中に広がる。

「兵糧山」は、どら焼き状の菓子だが、ホワイトチョコをコーティングし、中の餡はつぶアンとオレンジジャムの二種類がある。生地の食感は、どら焼きよりはケーキスポンジに近い。どら焼きはその発祥は大正時代とされるが、兵糧山は昭和の香りといったところだろうか。

「きぜん」さんの取材をさせていただいている中で、ショーケースに飾られているラクガンの木型を見つけた。尋ねると、かつてこの地ではご祝儀のときにはラクガンを引出物とする風習があったようで、この地は、和菓子に対する思い入れが強いのかもしれない。

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