翌早朝,明助は供のもの数人と和賀忠廣を伴い花巻に馬を駆けさせた。花巻まで一里ほどまで来た時,花巻の方角から砲撃の音がとどろいた。すでに攻撃が始まったらしい。明助は政直のことを思い,歩を早めた。

ようやく白石宗直の本陣にたどり着いた頃には,搦手門は砲撃によりあらかた打ち破られていた。砲撃の轟音と硝煙の中,宗直に会った。宗直は明助を陣屋に招じ入れ、書状を取り出し,明助に言った。
「伊達のお館様から南部政直殿に宛てた書状でござる。政直殿を是非仙台にお迎えし,新しい国作りにご助勢いただきたいとのことであった」
「政直の殿には間違いなくお伝えいたす」

明助は白石宗直の陣屋を出ると,和賀忠廣が搦手口まで従った。
「伯父上,どうか無事にお戻りください。母もお待ちしております」
搦手口で別れ際に忠廣が言った。明助はそれには直接答えず,
「もしや忠廣殿はこの戦いが初陣か」
この城の主の二十歳になる南部政直もこの戦いが初陣であった。
「はい。花巻に来てから震えが止まりませぬ」
「それで良いのじゃ」
改めて和賀忠廣を見ると,父の忠親に生き写しだった。この十六年の歳月がまことに不思議に思えた。明助は三の丸から政直のもとに急いだ。

 

城方の兵はおよそニ千で、この軍勢に花巻の城は広すぎた。この城は堅固であったが、この兵力で守るには広すぎるのが難であった。三の丸にはすでに兵たちはいなかった。
三の丸と二の丸の間には広い水掘があり、すでに橋は切り落とされており、兵たちは二の丸の守りを固めていた。兵たちの意気は盛んであった。

かつてこの城が和賀忠親の軍により攻められたとき、北信愛の指揮の元、五十程の兵で南部利直の到着までよく耐え、和賀の軍を撃退した。それはこの城の誇りであった。しかし、北信愛はすでになく、その跡を継いだ信景は悲業な死を遂げ、また政直も毒殺されかけた。
そして、伊達のこの度の南部侵攻はその総力を挙げてのものであり、伊達の軍の配置からして、利直の援軍は期待することはかなわぬものと思えた。花巻の城には夕闇が訪れていた。

本丸では、明助の到着を聞いた南部政直が待ち受けていた。政直は父の利直から与えられた赤糸縅の鎧を身に着けていた。その姿は夕闇の中の篝火のせいか,戦の高揚感に燃え立っているようにも見えた。

明助は白石宗直から預かった伊達政宗からの書状を渡した。政直が政宗からの書状を読み終えるのを待ち,明助は伊達の陣立てを知る限り政直に伝えた。明助は政直の返答を待ったが答はなかった。
「殿!」
明助はたまらず政直に声をかけた。
「父上はこの政直に,いやこの花巻に援軍を向けるかのう」
政直は静かに答えた。

 

翌朝,明助は城方のほぼ全軍を,三の丸と二の丸を隔てる堀際に配置した。伊達勢から二の丸に向けた砲撃が始まった。砲撃の中,堀際に,矢盾を並べて伊達の兵たちがひたひたと迫ってきた。伊達の精鋭である。城方の兵たちは明助の指揮のもと,砲撃の合間に土塁の後ろから矢の雨を降らせた。

砲撃が激しくなった。砲弾は二の丸の城兵をなぎ倒す。明助は城兵を東門と南門の二手に分けて門を硬く閉めて,落とした橋から突撃してくる伊達勢に備えさせた。

伊達勢は壊された橋に木材を渡し突撃してくる。城方は,土塁の上から弓,鉄砲で応戦する。堀の向こうからは伊達の鉄砲隊がこれを狙い撃つ。

一刻ほど後,東門が破られた。伊達の雑兵がなだれ込んでくる。城方の槍隊がこれを突き伏せおし戻す。伊達の鉄砲が火を吹く。新手が押し寄せてくる。さらに一刻ほど後,南門が突破された。明助は残った兵を本丸に退かせた。

 

翌々日,伊達の陣から,南部利直からの使いが丁重に送られてきた。使いの者は伊達に捕われたのを恥じ入ってか,顔を上げずに肩を震わせながら,利直からの書状を政直に差し出した。

政直はこれを受け取り,使いの者にねぎらいの言葉をかけて書状を開いた。書状を読み終えた政直は,黙って奥の間に下がった。しばらくして,明助は本丸の奥に呼ばれた。

奥の間には二年ほど前から城に上がった娘がいた。花巻の商家の娘で於鶴という切支丹信徒だった。於鶴と政直の間には姫が生まれていたが,政直の強い意向で盛岡にはこのことは知らされてはいなかった。

於鶴は,まだ乳飲み子の姫を抱きながら泣いていた。政直は,利直からの書状を明助に見せた。利直の書状には,
「盛岡から花巻城へ軍を発したが,郡山城で阻まれた。南部の軍が全力を挙げれば郡山城を抜くことはできるだろうが,北から津軽の軍が侵攻したとの知らせが入った。盛岡に戻りこれに備えなければならない」
「遠野方面に,花巻に援軍を出すように使いを出した。初陣の御身には荷は重いだろうが,明助の指示に従い,援軍の到着まで持ち応えてほしい」
の旨のことが書かれていた。政直を毒殺しようとした利直であったが,この書状の行間には父親としての暖かさが感じられた。

 

政直が言った。
「城を開ける」
遠野には既に伊達勢が押し寄せているはずだった。孤立無援の花巻城には他に手立てはなかった。これ以上の戦は,城兵をただ無駄に死なすだけだった。
「明助には頼みがある。於鶴と姫の今後の行く末を頼みたい」
明助はなんとなく感じていた。政直がこの城を出て伊達に降ることはないだろうことを。

涙がどっとあふれ出てきた。父の南部利直から疎まれ,毒殺されかけた政直が父に義理立てして死ぬことは無いのだ。それでも政直はそうするだろうことを明助は感じていた。政直は立ち上がり,すっかり暗くなった北の空のはるか遠くをながめて言った。
「父上はご無事で盛岡にお戻りになったかのう」

 

明助は兵たちと,城内の女,子供をすべて本丸西御門に待機させた。明助には奥の間でしなければならないことがあった。切支丹の教えにより自害ができない政直を,神の国に送らなければならなかった。

政直は一人奥の間で祈りを捧げていた。明助も祈りを捧げた。明助には祈り以外の言葉を口にすることはできそうもなかった。薄幸な政直やその母於楽の方のことを思うと,神への呪いの言葉が口を突いて出そうだった。
「明助,最後まで世話をかける。頼む」
明助は死に装束の政直の前ににじり寄ると,刀を抜き放ち,その切っ先を左脇の下に当てた。

涙が溢れ切っ先が定まらない。苦しませてはならぬ,一気に心の臓を刺し貫かなければならない。涙をぬぐい,一気に刀を政直の左胸に沈めた。熱い血潮が明助の顔を濡らした。政直の体を受け止めると,その血潮が明助の鎧の中までぬらした。

その暖かさは政直の生きた証だった。その暖かさが次第に遠のいて行った。明助は政直を静かに横たえ立ち上がるや,城に火を放った。手当たり次第に火を付けた。政直の体が炎に包まれると明助は本丸館の回りを獣のように叫びながら走り回り火を付けた。やり場の無い怒りの声は明助の体の内部に向けられているようだった。その怒りは,政直の血と燃え盛る炎の色で,明助の形相を悪鬼そのもののようにしていた

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