2015/07/25 宮城県仙台市青葉区

 

歴史散策⇒大橋

大橋をわたりすぐ南側に、この長大な石垣がある。

仙台城を攻める道筋は非常に限られ、断崖が続く広瀬川を渡河するとすれば、断崖が切れている、この大橋周辺か、澱橋付近しかない。この長大な石垣は、断崖が切れている大橋南側の防御のためのものだったろうと思われる。

この石垣は、10年ほど前に、古図にあるのを見つけ訪れたのが最初だった。ほとんど訪れるものもなく、藪に半ば埋もれた状態で残っているこの石垣の与える印象は強烈だった。

今回は大震災の後の初めての訪問で、崩壊しているのではと心配だった。大橋の根元の南側すぐのところから、河原に下りるスロープがあったはずだが、藪に埋もれているようだ。気をつけて見て行くと、わずかに藪が切れているところに下り口を見つけた。

恐らくこのスロープは、河原に船着場があり、そこからの荷揚げに使ったものと思われる。藪を掻き分けながら降りていくと、ありましたよ。地震による崩壊もなかったようだ。野面積みではあるが、石の一つ一つは本丸の石垣にも負けないほど大きく、それが延々と南に続いている。なつかしい思いで、石をなでた。

河原をよくよく見れば、川面に突き出るように大石が並んでいる。その部分だけ周囲の石とは何気に異なる。恐らくはこの大石を土台にして、船着き場があったと思われる。

石垣を写真に収めながら、河原を南に下った。この石垣が切れる位置に、以前には見つけられなかった倒木があった。石垣の中段からアーチ状に河原に倒れている。震災の時に倒れた古木かもしれない。しかしアーチの上部からは、たくさんの小枝が固い樹皮を破って息づいていた。高石垣はそれはそれで感動的だが、このような古石垣や、またその時の流れを見せるこのような古木の情景も、これはこれで感動的だ。

石垣の上に上れば、そこは広々とした平場になっている。かつてはここには片倉小十郎を始めとした、重臣たちの屋敷地だったはずだ。近年は雑然とした住宅地だったが、現在は公園か何かを整備中なのかもしれない。できれば、仙台城の外郭としてふさわしいものであってくれればと思った。

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