2011/01/18取材 山形県鶴岡市

 

歴史散策⇒田麦俣多層民家

定期出張で、宮城県全域と山形県全域を走った。折りしも大寒の時期で、日本列島は強い冬型の気圧配置に覆われており、各地で大雪が降っているニュースが流れていた。冬型の気圧配置が最も強まる日は宮城県の浜通りを、少し緩むだろう翌日から山形を走るように日程を調節しての山形入りだった。

宮城県の気仙沼から登米辺りまでは快調だったが、大崎に入った頃から雲行きが怪しくなってきた。国道47号線を、鳴子を抜けて中山峠、山形県最上町辺りに来ると、時折青空はのぞくものの、強風で地吹雪状態だ。道路は圧雪状態で、道の両側には、除雪の後の高い雪の壁が形成されていた。

道路わきの雪の壁の庇を飛び越える地吹雪と、遠くのグレーにかすむ山の端まで優美な曲線を描いてうねり続く雪原と、その上を渦巻く雪嵐はすさまじくも美しかった。幾度か車を停めて撮影をしようと思ったが、除雪により道幅は狭くなっており、視界の悪い中、後続車を考えればうかつに車は停められなかった。

しかし、そんな能天気なことを考えていられたのもここまでだった。突然、一段と強い風が襲い、道路わきの雪庇を飛び越えた雪煙が渦を巻き、辺り一面、上下左右、東西南北、すべて純白の真綿に覆われたようにまったく視界を奪われた。下手に車を停めれば追突される恐れがあり、少し速度をゆるめ、まったく視界のきかないまま何秒間か走った。スローモーションの世界に入り込んだようで、妙に時間が長く生々しかった。これで、能天気なアマチャン旅人の思考は、雪国の生活者のそれに切り替わった。

翌日は、酒田から米沢まで走る予定だった。庄内の雪は文字通り「雪やコンコ、あられやコンコ」で、硬い粒の雪が車窓を「コンコン」と叩きながら降る。車のラジオからは各地の雪の被害のニュースが流れている。とりわけ、山形で、雪下ろしの雪の下敷きになり老人が死亡した痛ましいニュースなどが流れている、沿道の各所で、地元の方々が雪かきをしている、除雪車がひっきりなしに走る。まさに雪国の生活者は戦っているのだ。

それでも、やはり雪景色は厳しくも美しい。鶴岡から寒河江に抜けるべく、国道112号線を走り、鶴岡の田麦股に差し掛かった際、幸いにも風雪は一時的に収まっていた。やおら思い立ち国道からわき道に入り、集落への雪道をそろそろと下った。

この田麦股は、豪雪の地であり、現役の多層民家があることで知られている。すでに以前にも訪れ撮影はしていたが、春先で雪景色の田麦股としては中途半端なものだった。この日の田麦股は、まぎれもなく冬真っ只中にあり、うねるような雪野原に、半ば埋もれるようにあった。みちのくの雪は、生活者に100の災禍をもたらしながら、1の極上の美しさを見せる。それはまさに吹雪とともに舞い来たり、雪原に降り立つ雪女のようだ。その1の美しさに心を奪われ、100の災禍を忘れれば、それは死を意味するのだろう。

その後、山形から米沢に抜けたが、一向に雪が収まる様子はなかった。最上では「ゴーゴー」と吹き、庄内では「コンコン」と降っていた雪は、置賜では「バサバサ」と降った。国道287号線は、除雪により道幅はせまくなり、わだちにハンドルをとられながらの苦行のような走行を強いられた。好きな歴史散策どころではない。わき道や山道の多くは雪に埋もれている。

この苦行から抜け出ることが出来たのは、翌日、栗子峠を超えて、福島市に入ってからだった、各所で雪女の美しさを垣間見ながらも、わずかに田麦股でその裾を撮影しただけだった。

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