2010/08/04取材 岩手県遠野市

 

歴史散策⇒デンデラ野

夏の盛り、数ヶ所遠野市内をまわった後にこのデンデラ野を訪れた。

遠野市内の集落から離れた高原状の地にその「デンデラ野」はあった。デンデラ野は、60歳以上の老人を「棄てた」地であり、現地には、粗末な小屋が一棟復元されていた。この地で、何人かの老人達が肩を寄せ合い、その余生を送ったと云う。

老人たちは、元気なうちは里に下り、実家の農作業などを手伝い、わずかな食料を得てこの地に戻り暮らしたという。動けなくなれば、恐らくは他の老人たちのそれなりの「介護」を受けながら、時折の実家からの差し入れなどを受けながら、じっと命の果てるのを待ったのだろう。

これは恐らくはこの地の人々の、生きていくための知恵だったのだろう。働けるうちは問題は無かったろうが、病を得て動けなくなり、介護が必要になったときには、当時の山間の貧しい暮らしの中では、その世話をしながら生きていく余力は無かったのだろう。この地の暗黙の了解の中で、このデンデラ野は出来たものと思われる。

この時代と比較して果たして現代はどうだろう。各地に介護施設などの老人のための施設はあるが、このデンデラ野と比較して、本質的にはあまり変わりがないようにも思われる。また、介護施設を利用できる老人たちはまだましで、各地で老人の孤独死も伝えられる。このデンデラ野の時代と比べて、現代の日本がいかほどか進んでいるのか、疑問に思う。

かつて日本には「端山信仰」があり、死んだ者の魂は一旦里に近い端山(葉山)に集まり、そこから本山に向かい天に上ったと云う。この地はその生と死の境にある「端山」なのだろう。老人たちは仏の手にその身を委ね、幼馴染でもあるだろう他の老人達に看取られながら、ひっそりと命を終えたのだろう。

現代の、社会に置いてきぼりにされた老人達の孤独死や、家族に囲まれながらも拠り所を失った孤独死よりは、まだましだったのではと、夏の明るい日差しの中で、遠くに見える本山に手を合わせ考えた。

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