2007/04/25取材 青森県弘前市

 

歴史散策⇒弘前カトリック教会

弘前城での興奮のさめない中、弘前カトリック教会を探し当てた。この弘前は、かつて、関ヶ原の戦いに、そして切支丹禁令で、二重に世の中からはじかれた宇喜田秀家家中の切支丹を中心にした者達が流刑人として送られた場所だ。「小説・蟠龍雲に沖いる」の中で、津軽において、この切支丹を話の中心に置いている。

教会の隣は幼稚園になっており、教会の扉は開いたままだ。ここでの目的の祭壇を撮影させてもらおうと、事務所を探したが見当たらない。すると扉のところになんと「ご自由にお入り下さい」と書いてある。恐る恐る中に入る。それでも撮影の許可をいただけるかどうか聞かなければと思っていると、なんと「撮影はご自由にどうぞ」と書いてある。

このせちがらい世の中になんと鷹揚なことか。東京近辺や、いや仙台周辺でも、神社やお寺が窃盗に会う、あるいはいたずらされるなどということが日常のことになっている。城跡が学校になっていたりすると、結構気を使い、校長先生までお伺いを立ててから撮影するなどしている。どこか社会が精神的に崩壊しかかっているなか、この鷹揚さは嬉しいのと同時に、これで大丈夫なのか心配になった。それでも思えば少し前までは、神社や、お寺や、教会や、学校などは、その地域の心と文化のよりどころであり、いたずらをするなどとは思いもよらないことだった。

ご好意に甘えさせていただいて、この教会のすばらしい祭壇を撮影させていただいた。撮影を終えて、お礼を言うのにも誰もいない。私はクリスチャンではないので祈りも知らない。見学者リストに名前とともにお礼の言葉を書き、祭壇に向かい深々と礼をして教会を出た。この教会の善意に対して悪意で返すものが無い様に心の中で祈った。

次の目的地は野辺地だ。途中、気にかかる場所は多数あるが、青森市内も含めて全てスルーすることにしている。かつての津軽と南部の藩境まで一気に走る。

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