翌十四日朝,宗直は城の南側の大手口と搦手(からめて)口の両方に第二軍の兵を二つに分けて配置した。さらに後藤寿庵に命じカルバリン砲を四門搦手口に配置し,木砲を大手口に配置した。

このカルバリン砲は政宗が寿庵に命じてサンファンバウティスタ号への搭載の際に調達し,これまで隠し持っていた七門の内の四門だった。

寿庵の部隊は砲を配置し照準を定めて,宗直の下知を待っていた。城方は固唾を飲んでこちらを窺っているようだった。

「撃ち方を始めよ」

宗直は下知した。

「第一門撃てー」

寿庵が命じた。腹の底を揺るがすような轟音が響いた。砲弾は搦手門の屋根をかすめて三の丸に着弾したようだった。

城方の兵が激しく動く。砲兵達は照準を調整し次の砲撃に備えた。

「第一門から四門まで一斉に放てぇ」

先ほどとは比べ物にならない轟音が鳴り響いた。砲弾は搦手門の屋根に当り,門の屋根がガラガラと崩れる。

大手門でも砲撃が始まったようだ。何度かの砲撃の後,搦手門はほぼ倒壊し,大手門はその姿を残すものの門扉は打ち破られていた。

砲撃中に,岩崎城から和賀忠廣(わがただひろ)が柏山明助を伴い駆けつけた。宗直は大手門と搦手門が打ち破られたのを確認して砲撃を止めた。

宗直は明助に会い,伊達勢の現状を包み隠さず話し,また徳川と対する伊達の覚悟のほどを明助に話した。その上で伊達政宗から政直に宛てた書状を渡した。夕刻,明助はその書状を携え,一人花巻の城に入っていった。

 

翌十五日,物見の報告によると,三の丸には南部勢の姿は無いということだった。

「鉄砲隊前へー」

「槍隊前へー」

宗直の軍は次々と搦手口から三の丸内に入って行った。

大手口からも兵たちが次々に三の丸に入って行った。三の丸内に城方の兵の姿はなかった。南部の兵たちは本丸,二の丸に移ったらしい。

宗直は陣を三の丸内に進めた。兵を弓,鉄砲の射程の外に配し,カルバリン砲を搦手門の位置に配置した。大手口で使った木砲は,すでに使い物にはならなかった。明助が城内で政直を説得しているはずだったが,動きは無かった。宗直は,翌朝から二の丸への砲撃を開始する旨の矢文をうたせた。

 

翌十六日朝になっても城方に動きは無かった。三の丸と二の丸は深い堀で隔ててはあったが,その二の丸,本丸の高さは三の丸とさほど変わらない高さだった。カルバリン砲を二の丸に向けて撃たせた。砲弾は二の丸をやすやすと襲う。城方の兵は土塁の陰で静まり返っている。

砲撃が止んでしばらくするとときの声とともに城内から激しく矢玉が三の丸の伊達勢に降り注いだ。

「やむをえない」

宗直は砲撃を再開させ,その轟音の中,宗直の全軍を突撃に備えて配置した。城方から降り注いでいた矢が急激に少なくなった。

「かかれー」

宗直の軍は落とされた橋に,用意した竹や木材を渡し,次々と二の丸へ突撃して行った。大手口方面からも兵たちがなだれ込んだ。しばし二の丸から兵たちの叫びが聞こえていたが,数刻後にはその叫びも収まった。南部の兵たちは本丸に移ったらしい。

宗直は二の丸内に入った。味方の兵の犠牲はさほど多くは無いようだったが,城方の損害は思った以上に多かった。

「これはやむをえないことなのか」

宗直は一人つぶやいた。

 

十七日朝,宗直は政直に文をしたため使いの者を城内に送った。すでに郡山城は落としたこと,遠野方面と旧和賀領は押さえてあること,津軽軍もすでに南部領に入っていること,を述べ,

「援軍は花巻に来ることはできない。これ以上の戦いは兵の命を無駄にするだけである。兵達は降るのであればこれを許し,望めば伊達方に召抱える。政直殿は客分として仙台城にお迎えする用意がある。徳川に備えるためにもこれ以上は待てない。明後日朝には総攻撃を行う」

旨をしたためた。その日は静かに過ぎ去った。

 

翌十八日,郡山城から使いがあり,盛岡からの軍四千が郡山城の留守宗利の第一軍を攻撃したがこれを撃退し,南部軍は兵を引き上げたとの報告が入った。

また昼近くには盛岡から花巻の南部政直にあてた伝令が,北側を固める伊達忠宗の兵に捕らえられ,宗直の許に連れてこられた。その兵は憔悴しきっているようだった。

その兵が携えていた書面には以下のようなことが書かれていた。

「盛岡からの軍は郡山城の伊達軍に阻まれた。津軽の軍が領内に侵入してきておりこれに備えなければならないために援軍は出せぬ」

「和賀,稗貫,遠野方面には花巻に急ぎ援軍を出すように使いを出している」

「援軍が来るまで城を守り,援軍が着いたら政直を主将として,伊達軍を撃退せよ」

宗直はこれをもたらした南部の兵に言った。

「ご苦労であったな。これを政直殿にしかと届けよ」

兵はてっきり殺されると思っていたらしく驚いた様子だった。

「政直殿にはご自身と兵の命,くれぐれもお大事にとお伝えくだされ」

政直は兵が持ってきた手紙を丁寧にたたみ南部兵に返した。

「この者を丁重に城方に送り届けよ」

宗直は命じた。

 

総攻撃の日,十時を過ぎても城方の兵は出てはこなかった。宗直は

「無駄だったか」

とつぶやき攻撃の準備の下知を出した。兵達は慌しく動き始めた。総攻撃の準備は整い,宗直の下知を待つばかりになっていた。

そのとき本丸の館から静かに白い煙がまっすぐに上がった。風のない日だった。その煙は赤い炎に変わった。本丸の台所門口から城方の兵達が静かに出てきた。

二の丸に入り立ち止まり,女子供の集団を守るように隊列を組み,静かに円城寺門へ歩み始めた。武将の数人がこれを見送り,今は轟々と燃え盛る本丸の館に引き返して行った。