寿庵は五郎八姫を館の奥の間に通した。奥の間には寿庵が心づくしの暖をとらせていた。旅装を解いた姫は男装束であった。先ほどまでは寒さのせいで透き通るような白い肌であったのが,今は紅を差したように赤みがさしている。

くつろいだその姿は美しかった。仙台に戻ってきてからは,化粧は一切せず,領内を歩き回り,切支丹や領民のために心を尽くしていた。領民から「おまあ様」と慕われ,特に切支丹の多くからは「マリア様の再来」と尊敬を受けていた。

五郎八姫はガルバリヨ神父に,神父の国許での降誕祭の様子を尋ねていた。寿庵は傍らでそれを静かに聞いていた。寿庵は別棟にいる柏山明助を引き合わせるべきかどうか迷っていた。

姫の突然の来訪に,明助自身も戸惑っている様子だった。明助は姫の来訪を,白石宗直の深慮遠謀と疑っている節もあった。伊達と南部はこれまで仇敵と言える間柄で,無理からぬことであった。

 

寿庵は意を決っして姫に明助を引き合わせることにした。

「姫に引き合わせたい御仁(ごじん)が館に来ておりますが,お会いいただけますか」

ガルバリヨ神父はその意を察し,

「姫様,私は式の準備がありますので。後ほどまたお会いしましょう」

と引き下がった。

五郎八姫は怪訝そうに尋ねた。

「どなたじゃ」

「さ,それは,この寿庵の友でござりまするが…」

「寿庵殿の友であれば構わぬ。私もお会いしたい」

 

寿庵が別棟にいた明助を伴い部屋に戻ってきた。明助は威儀を正して五郎八姫に対座した。その胸には小さいクルスが光っていた。

寿庵が紹介するのをさえぎり,明助が口を開いた。

「拙者,南部藩の岩崎城を預かる柏山明助と申すものでございます。本日の降誕祭に,寿庵殿よりお誘いを受けて一昨日よりこの地に参っております」

「おぉ,柏山明助殿か。ご高名はかねがね信徒の者達から聞いておりました。一度お会いしたいものと思うておりました」

明助は顔を上げて五郎八姫を見た。美しい姫御前であった。自分の領内の切支丹信徒たちも,この姫を「マリア様の再来」と噂していることは知っていた。

「恐れ入りたてまつります」

 

姫は話を継いだ。

「明助殿は,かつて和賀忠親殿の御子を宗直殿と一緒にお助けいただいたらしいのう」

「いや,それは」

これには寿庵も明助も驚いた。このことは,白石宗直と柏山明助だけの胸の奥に秘めていることであり,寿庵もつい先月宗直から聞いたことで,政宗公も知らないはずのことであった。

姫の話によると,信徒達の間で密かに噂になっていた話を姫が聞きつけ,あるときその隠れ里を訪ねたということだった。その後それとなく援助をしているらしい。

寿庵はたまらず尋ねた。

「そのことは宗直殿にはお尋ねになったのでしょうか」

「尋ねたが何も話されなかった。驚いた顔をしておったがのう」

「お館様には話されたのでしょうか」

「申してはおらぬ。父上は和賀の件には今もって悔いを持っておられる。これからも悔いていただかなければ,父上は神の国には入れぬ」

姫はいたずらっぽく,屈託のない笑みを浮かべた。寿庵と明助は胸をなでおろした。寿庵と明助は思った。この姫自身も嫁ぎ先の越後高田(えちごたかだ)藩は改易され,夫君で同じ切支丹でもあった松平忠輝とは引き離され,時代に翻弄されている木の葉のようなものだった。

にもかかわらずこの屈託のない笑みはどうだろう。すでにこの姫には国も藩もない,あるのは恐らく「神の国」だけなのだろう。

 

その夜,雪は止んでいた。空は澄み満天の星空だった。天主堂には信徒たちが集まり始めていた。手に手にろうそくを灯し,それぞれに祈りを唱えていた。天主堂の鐘が鳴っていた。

天主堂の正面には質素な木彫りのキリスト像が掲げられていた。その脇には聖母マリアを描いたイコンが掲げられていた。ガルバリヨ神父がラテン語で,朗々と唄うように祈りを捧げた。

それを引き取り後藤寿庵が日本語で祈った。

「すべての人の父である神よ、永遠のみことばは、おとめマリアによって人となられました。この御ひとり子に結ばれて、わたしたちも神の子どもとなることができますように」

「アーメン」

「いつくしみ深い父よ、世に来られるひとり子を喜び迎えて祈ります。主・キリストが神の輝きのうちに来られる時、永遠のしあわせを味わうことができますように」

「アーメン」

夜更けまで祈りは続いた。ガルバリヨ神父の祈りが終わると,また天主堂の鐘がなり始めた。この地の少年達により賛美歌が歌われた。グレゴリオ聖歌だった。

賛美歌が終わると五郎八姫が進み出て祭壇の前に跪き,よく通る声で歌うように祈り始めた。

「永遠の父よ、みことばは人となり、世界に光が与えられました。信じる者の心に注がれたキリストの光が、日々の生活に輝くものとなりますように」

「アーメン」

人々は祈りながら泣いていた。あるものはこれまでの苦難の道のりを思い泣いていた。またあるものは,これからの神の国までの苦難を思い泣いていた。

降誕祭が終わり,明助も五郎八姫も,また近郷近在から集まった人々も三々五々帰っていった。この地に集まった多くの切支丹たちに,これからは今まで以上に苦難の時代が訪れるだろう。そのときにこの降誕祭が人々にいささかの心の安らぎを与えることができればと寿庵は祈らずにはおられなかった。

新年を迎えた福原の地は厳しい寒さと吹雪に見舞われていた。それでもこの寒さの中,戦のないしばしの安らぎが寿庵の心を穏やかなものにしていた。

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