その日,これから向かう北の空はまだ漆黒の闇の中にあった。宗利の第一軍は部隊ごとに五列の縦隊をつくりすでに待機していた。ここから藩境までは約一里,鬼柳番所までは約二里、花巻城までは約五里,郡山城まではおよそ十三里の距離であった。

物見の報告では,藩境に詰めている南部藩兵はおよそニ百,花巻城にはおよそニ千。宗利の第一軍は粛々と進軍を始めた。松明(たいまつ)の明かりを最小におとしての早がけで,四半刻ほどで藩境を臨める位置まで来た。

東の空はまだ薄闇ではあったが,近くの山の端(やまのは)は黒々とその輪曲輪をあらわし始めていた。藩境の方向には,点々と松明らしき明かりが揺れ,こちらの様子をしきりに窺っている様子であった。

宗利は次々に下知を出した。

「松明をともせー」

「鉄砲隊前列へー」

「騎馬鉄砲隊前へー」

「幟(のぼり)を立てよ」

「攻撃態勢をとれー」

下知は次々に部隊にこだまのように伝えられていく。

十分ほど後には全ての部隊配置が済み,暗闇の中に白い幟が林立し,煌々と松明の明かりの中に浮かび上がった。藩境の南部の軍兵の松明の動きがめまぐるしい。

 

宗利は下知した。

「鬼柳(おにやなぎ)番所まで,前へ」

部隊の将から次々に命令が発せられる。

「騎馬鉄砲隊,五十間の位置へ」

「足軽鉄砲隊七十間の位置へ」

「全軍縦隊のまま百間の位置へ」

「騎馬鉄砲隊,松明へ向けて放てー」

「足軽鉄砲隊放てー」

ニ度の轟音が響きわたり,稲妻のような閃光が一瞬藩境の奥州街道を昼のように浮かび上がらせた。このニ度の閃光で藩境の松明はすべて消し飛んだ。

「弾こめー」

「突撃準備」

「早がけぇ前へー」

部隊ごとに次々と命令が発せられている。

騎馬鉄砲隊は,鉄砲を鞍の脇に収め,槍を抱えて早がけを始めた。その後に鉄砲隊,槍隊がぞくぞく前進し始めた。宗利は伝令を呼んだ。

「深追いはするなと厳重に伝えよ」

伝令は

「はっ」

と答え,しらみ始めた前線へと駆け去った。

四半刻後には藩境は静寂の中にあった。伊達の幟がひるがえり静まり返っていた。硝煙と朝もやのなか,夜が明け始めた。南部の兵の殆どは逃げ去ったらしい。

宗利の兵達は,部隊ごとに隊列を整え始めていた。宗利はその中を進んでいった。軍の先端は鬼柳の番所にあり,すでに部隊を整えていた。

 

過日の軍評定の場で,伊達忠宗は,政宗からの言葉として,諸将に厳重に言い渡したことがあった。

「このたびの戦は,これまでの戦とはまるで違うものと心得よ。戦う相手は天下,必要なものは兵と,民の心と,刻の流れである。敵,味方ともに犠牲は最小限にし,降るものはこれを許し兵に加えよ」

石川昭光がさらに付け加えた。

「功名に走るな。無理な戦はするな。退くことを恥じるな。首級(しるし)を挙げるを手柄とはしない。厳罰に処す」

宗利は,難しい戦だ,と心中思った。これまでは自分も兵達も,敵を殺し,首級を挙げ,退くを潔しとせず,死を恐れぬことを忠義と信じ,家門の誉れと思ってきた。そう簡単にそれを変えることが出来るとは思えなかったが,しかし,刻の流れを味方にするためには,それも必要なのかもしれないとは漠然と思った。

 

宗利の軍は花巻を通り,郡山城までニ里の石鳥谷(いしどりや)の地まで来ていた。兵達に小休止を与え,腹ごしらえをさせていた。花巻の城に宗利の軍が差し掛かったとき,藩境での急を聞いて花巻の城は戦の準備におおわらわだった。今頃は,二軍,三軍により囲まれているはずであった。

父,留守政景以来の重臣の一人が,花巻の城の戦準備がまだ整っていない様子を見て進言してきた。

「殿,このまま城になだれ込めば,城は容易に落ちますぞ,このまま一気に城攻めを」

そうかもしれぬとも思った。しかし宗利は重臣に諭すように言った。

「この度の戦は,天下相手の戦だ。城の一つなど小さいものよ。お館様の手駒に徹することが肝要」  宗利の軍は城から百五十間ほどの距離にある奥州街道を早がけのまま,城をやり過ごした。城方は城門を閉じ,無駄な矢玉を射掛けてきただけだった。

 

郡山城に物見に出ていた兵が戻ってきて告げた。

「郡山城の兵およそ一千五百,こちらに向かって進軍中」

宗利はすぐさま命じた。

「野戦に備えよ,兵を隠せ」

伊達家中では,これまでの戦の経験から様々な状況下での陣立てが決められていた。特段の下知がなければ,各部隊の将兵達はそれぞれに陣をかまえていく。

この石鳥谷の地は,諸所に潅木(かんぼく)が生い茂り,大石が点在する荒野であった。宗利は街道筋に矢盾を並べ,弓隊を前列に配し,その後に槍隊を配し,両翼には足軽鉄砲隊を潜ませた。さらに西方の小高い林の中に騎馬鉄砲隊を潜ませた。

 

南部の将兵達は縦隊を組み早がけに進んできた。およそ一千五百,城兵のほとんどが出てきているようだ。四百間ほどの距離に近づき,南部の兵達はようやく伊達勢に気付いたようだ。あわただしく横に陣をかまえ始めた。

恐らく,花巻城の救援に向かう途中だったのだろう。花巻城を通り過ぎ,まさかここまで深く伊達勢が進出しているとは考えなかったのだろう。陣を敷き終えて,こちらの兵力を窺っている様子であった。このままにらみ合いで日が暮れ,城に戻られては面倒なことになる。

 

宗利は命じた,

「幟を立てよ,間合いまで兵を進めよ」

部隊が一斉に動き始めた。

「矢盾を前に」

「前へー」

次々と命令が飛ぶ。思った以上の伊達の軍勢に,南部兵の動揺は隠せない。

陣が揺れている。陣を必至に立て直している様子だ。百間の間に入るやいなや,南部の陣から一斉に矢が放たれた。構わず宗利は軍を進めた。

五十間の間に入り,足軽鉄砲隊に命じた。

「打ち方始めー」

部隊ごとに命令が飛ぶ。

「狙えー」

「放てー」

轟音が響く。

「弾こめー」

「2列目狙えー」

「放てー」

南部の弓隊が退き始め,たまらず槍隊を繰り出してきた。宗利は左翼後方の騎馬鉄砲隊に攻撃を命じた。

左翼から三百騎の騎馬鉄砲隊が黒い塊りになって飛び出した。南部の後陣本隊から槍隊百ほどと騎馬隊百騎ほどがこれを迎え撃つべく動いた。

三百の騎馬鉄砲隊の鉄砲が三十間ほどの間合いで火を吹いた。南部の槍隊と騎馬隊は一気に崩れた。騎馬鉄砲隊が突撃に移った。同時に伊達の槍隊が突撃して行った。

これで決した。宗利も馬に鞭を入れた。槍を小脇に,石突を前に構えなおした。

「郡山城まで一気に駆け抜けよ」

「逃げるものは殺すなー」

「降るものは殺すなー」

宗利の軍は一塊に郡山城まで駆け始めた。

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