2013/04/25

 

歴史散策⇒小川原湖

三沢基地や航空博物館、フレンドシップビーチなどを訪れた後、小川原湖の伝説地を訪れた。湖や沼には伝説はつきものだ。特に東北地方には、八郎潟や十和田湖、田沢湖にまたがる壮大な三湖伝説がある。三湖伝説は、十和田火山噴火の災害をモチーフにしたものに、仏教説話的な要素が加わったものだろう。恐らくは旅の僧の布教の中で、様々にアレンジされたものが、東北地方に広く存在すると思われる。しかし、この小川原湖伝説は、それらとは少し異なるように思える。

父親や恋人を探し歩いた高貴な女性が、旅の果てに入水する、という内容は、湖や沼の伝説としては一つのパターンではあるが、この地の伝説に出てくる「橘道忠」なる公卿が謎なのである。私は、歴史伝説には、何らかの史実が背景にあるものと考えているが、この伝説の時代背景が見えないのである。

橘氏は、公卿の名族であるが、浮沈が激しく、嵯峨天皇に后を立てた後は藤原氏に押されて日の目を見ることはなかったようだ。伝説にある、「讒言により陸奥国に流された」「世の無常を感じこの地に至った」を考えれば、時代は平安時代の後半と考えられるが、いずれにしても「道忠」なる人物は探せない。

しかし、藤原道長の引きで陸奥国司になった「橘道貞」なる人物がいる。道貞は和泉式部との間に子をもうけていたが、式部はこの陸奥赴任中に道貞のもとを去ったようだ。こう考えると「世の無常を感じ」が現実味を帯びてくる。しかしそれでも、当時のこの地は不毛な寒冷地で、都はもちろん、多賀城からもあまりにも離れすぎている。果たしてこの地の伝説の背景には何があるのか、興味深いことである。

小川原湖の伝説を巡りながら、湖の西岸から東岸に至る頃には夕暮れになっていた。

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