2013/01/01

 

歴史散策⇒鮎川浜おしかホエールランド

日の出を撮り終えて、岬から鮎川の集落に下りてきた。震災以前に、ホエールランドなどを取材し、古い建物なども写真に撮っていたが、震災後は初めての訪問だった。予想していたとはいえ、崩れた建物がわずかにあるだけで、全くの「荒野」と化していた。

住民たちは誰もいない。わずかに金華山に渡る船の案内人がいるだけで、生活の動きはまるでない。住民達は恐らく付近の仮設住宅などで暮らしているのだろう。瓦礫は撤去され、人々の暮らしの痕跡すらない、まさに「荒野」だ。

かつてこの鮎川は、捕鯨の町として繁栄を極めた。しかしそれは、ウサギを食する文化の民族による、クジラを食する文化の民族に対する、一方的とも言える「動物愛護?」の民族差別により、この町の産業は奪われた。それ以降、この町は、調査捕鯨によるささやかな「鯨文化」の継承と、金華山観光とでつないでいたが、それが津波で根こそぎにされた。

この地の「鯨文化」の象徴として、文化施設の「ホエールランド」があったが、それも今は廃墟と化していた。捕鯨禁止以降、僅かに残った産業手段もことごとく流され、この地の人々の多くは「流浪の民」と化しているのだろう。

明るい元旦の朝、気持ちは限りなく暗くなってしまった。この地に復興の日は来るのだろうかなどと思いながら「荒野」に車を走らせていると、数人の住民を見かけた。この地で初めての住民の姿だった。

車を停めて話をうかがうと、家族での元朝参りだと言う。見ると少し小高い丘に神社が見えた。許しを得て、遠くからその姿を撮らせていただいた。この方々は、神前で手を合わせ、家族の無事を喜び、復興を祈ったのだろう。少し光が見えた気がした。写真を撮り終えた後、私も鳥居の前で手を合わせ、この地の復興を祈った。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です